「少し様子を見よう」が取り返しのつかない結果につながることがあります
ある日突然、
「顔が少しゆがんでいる。」
「片方の手に力が入らない。」
「ろれつが回っていない。」
このような症状が現れたとき、「疲れているだけかな」「少し休めば治るかもしれない」と様子を見てしまう方は少なくありません。
しかし、このような症状は脳卒中のサインかもしれません。
脳卒中は、日本人の主要な死亡原因の一つであり、命が助かったとしても、手足の麻痺や言葉の障害などの後遺症が残ることがあります。
一方で、近年は医療の進歩により、発症後できるだけ早く治療を開始できれば、後遺症を軽減できる可能性が高くなっています。
そのため、世界中で「脳卒中をいち早く見つける方法」として活用されているのがFAST(ファスト)です。
この記事では、日本脳卒中学会やAmerican Heart Association(AHA)のガイドラインをもとに、FASTの意味や重要性、FASTに当てはまった場合の対応について、わかりやすく解説します。
脳卒中とは?
脳卒中とは、脳の血管に異常が起こり、脳へ十分な血液が届かなくなったり、血管が破れて出血したりする病気の総称です。
主に次の3つに分類されます。
- 脳梗塞:脳の血管が詰まり、血液が流れなくなる病気
- 脳出血:脳の血管が破れて出血する病気
- くも膜下出血:脳を包む膜の下で出血する病気
この中でも最も多いのが脳梗塞です。
脳は酸素や栄養を大量に必要とする臓器であり、血流が止まると神経細胞は時間とともに障害を受けます。
そのため、脳卒中では「早く病院へ行くこと」が非常に重要です。
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「Time is Brain(時は脳なり)」とは?
脳卒中の診療では、Time is Brain(時は脳なり)という言葉が世界中で使われています。
これは、治療が1分遅れるごとに、多くの脳細胞が障害を受ける可能性があるという考え方です。
脳梗塞では、発症から一定時間以内であれば、
- 血栓を薬で溶かす「血栓溶解療法(tPA)」
- カテーテルで血栓を取り除く「血栓回収療法」
などの治療を受けられる可能性があります。
しかし、これらの治療には時間の制限があります。
そのため、「朝まで様子を見る」「家族が帰ってきてから相談する」といった判断は、治療の機会を逃してしまう可能性があります。
FASTとは?
FASTとは、脳卒中の可能性を短時間で確認するために世界中で使われているチェック方法です。
FASTは4つの英単語の頭文字を並べたものです。
- F:Face(顔)
- A:Arm(腕)
- S:Speech(言葉)
- T:Time(時間)
もし、この6つのうち1つでも当てはまる場合は、脳卒中が疑われます。
その際は、「少し様子を見よう」と考えず、迷わず119番通報することが重要です。
では、それぞれの項目を詳しく見ていきましょう。
世界中で使われている確認方法が
F:Face(顔)― 顔のゆがみは脳卒中のサインかもしれません
まず確認したいのが顔のゆがみです。
脳卒中では、脳の障害によって顔の筋肉を動かす神経がうまく働かなくなり、片側だけ顔が動きにくくなることがあります。
家族や周囲の方は、次のように確認してみましょう。
「笑ってみてください。」
そのときに、
- 片方の口角だけ下がる
- 左右で笑顔が違う
- 頬が片側だけ動かない
- よだれが出やすくなる
このような変化があれば、脳卒中の可能性があります。
本人は鏡を見ない限り顔のゆがみに気付かないことも少なくありません。そのため、家族や友人など周囲の人が異変に気付くことが大切です。
「少し疲れているだけ」「寝不足だから顔がゆがんでいるのかな」と自己判断せず、FASTの他の項目も確認しましょう。
A:Arm(腕)― 片方の腕に力が入らない
次に確認するのが腕です。
脳卒中では、脳から筋肉へ命令を送る神経が障害されるため、片方の腕に力が入りにくくなることがあります。
確認方法はとても簡単です。
両腕を肩の高さまで前に伸ばし、そのまま10秒ほど保ってもらいます。
正常であれば左右とも同じ高さを保てます。
しかし脳卒中では、
- 片方の腕だけ下がってくる
- 腕が持ち上がらない
- 手に力が入らない
- コップや箸を落としてしまう
といった症状が現れることがあります。
また、「しびれだけだから大丈夫」と思われる方もいますが、しびれだけで始まる脳卒中もあります。
特に、それまで元気だった人が突然このような症状を訴えた場合は注意が必要です。
S:Speech(言葉)― ろれつが回らない、言葉が出ない
FASTの中でも比較的気付きやすいのが、言葉の異常です。
脳卒中では、言葉を話す機能や理解する機能が障害されることがあります。
例えば、
「今日は良い天気ですね。」
という簡単な文章を話してもらいましょう。
もし、
- ろれつが回らない
- 言葉が出てこない
- 同じ言葉を繰り返す
- 会話がかみ合わない
- 相手の話を理解できない
このような症状があれば、脳卒中の可能性があります。
本人は「ちゃんと話せている」と思っていても、周囲から見ると明らかに話し方がおかしいこともあります。
家族が「何かいつもと違う」と感じた違和感は、とても重要なサインです。
T:Time(時間)― 最も重要なのは「すぐに行動すること」
FASTの最後の「T」はTime(時間)です。
実は、FASTの中で最も重要なのがこの「時間」です。
脳卒中では、発症してから治療までの時間が短いほど、命が助かる可能性が高くなり、後遺症を軽減できる可能性も高まります。
そのため、医療現場では「Time is Brain(時は脳なり)」という言葉が広く使われています。
脳梗塞では、血管を詰まらせている血栓を薬で溶かす血栓溶解療法(rt-PA静注療法)や、カテーテルで血栓を取り除く機械的血栓回収療法が行われることがあります。
ただし、これらの治療には時間の制限があり、誰でもいつでも受けられるわけではありません。そのため、「少し休めば治るかもしれない」「明日の朝まで様子を見よう」といった判断が、治療の機会を逃してしまうことがあります。
もしFASTの症状が1つでもみられた場合は、症状が始まった時刻(または最後に普段どおりだった時刻)を確認し、迷わず119番通報しましょう。
FASTはどれくらい信頼できるのでしょうか?
FASTは現在、世界中で救急隊や医療従事者だけでなく、一般市民への啓発にも広く用いられている脳卒中のスクリーニング方法です。
研究では、FASTは脳卒中が疑われる人を見つけるための簡便で有用な方法であることが報告されています。
ただし、FASTは診断を確定するための検査ではありません。
つまり、
- FASTに当てはまる=必ず脳卒中
- FASTに当てはまらない=脳卒中ではない
という意味ではありません。
あくまで「脳卒中の可能性を見逃さないため」のチェック方法です。
そのため、FASTの症状が1つでもあれば、自己判断せず、速やかに119番通報することが重要です。
家族や周囲の人が命を救うこともあります
脳卒中では、本人よりも家族や職場の同僚、友人が異変に気付くケースが少なくありません。
例えば、
- 食事中に急に箸を落とした
- 会話の途中でろれつが回らなくなった
- 笑顔が左右で違う
- 急に片方の手を使わなくなった
こうした変化を「おかしいな」と感じたら、「疲れかな」「様子を見よう」と考えず、FASTを思い出してください。
もしFace・Arm・Speechのいずれかに異常があれば、Time(時間)が何より重要です。
症状が始まった時刻、または最後に普段どおりだった時刻をできるだけ確認し、119番通報しましょう。
治療開始が早いほど、後遺症を軽減できる可能性が高まります。
「自分は大丈夫」と思っていても、脳卒中は誰にでも起こる可能性があります。
FASTに当てはまらなくても脳卒中の可能性はあります
FASTは脳卒中を早期に見つけるための優れたチェック方法ですが、すべての脳卒中を見つけられるわけではありません。
例えば、次のような症状だけで発症することもあります。
- 突然の激しいめまい
- 急にふらついて歩けない
- 片方の目が見えにくくなる、または見えなくなる
- 視野が欠ける
- 今まで経験したことのない激しい頭痛
- 急に物が二重に見える
このような症状に注意するため、海外ではFASTにBalance(バランス)とEyes(目)を加えたBE-FASTという考え方も普及しています。
ただし、日本では一般向けの啓発としてFASTが広く用いられています。
FASTに当てはまらなくても、「突然いつもと違う症状が出た」という場合には、脳卒中の可能性を考え、早めに医療機関を受診することが大切です。
BE FAST(ビーファスト)
B:Balance(体のバランス)
急に立てなくなったり、ふらついたり、眩暈がする
E:Eyes(目の異常)
急に視野が欠けたり、物が二重に見える、片目が見えなくなる
F:Face(顔)
笑ったときに
- 口元が片方だけ下がる
- 顔がゆがむ
A:Arm(腕)
両腕を前へ伸ばすと
- 片方だけ下がる
- 力が入らない
S:Speech(言葉)
- ろれつが回らない
- 言葉が出ない
- 会話がおかしい
T:Time(時間)
このどれか一つでも突然現れたら、すぐ119番通報してください。
症状が途中で改善した場合でも、脳卒中や一過性脳虚血発作(TIA)の可能性があるため、必ず医療機関を受診することが大切です。
119番と#7119はどう使い分ける?
「救急車を呼ぶべきか迷ったら、#7119に電話すればいいのでは?」と思う方もいるかもしれません。
#7119(救急安心センター事業)は、救急車を呼ぶべきか迷ったときに、医師や看護師などへ相談できる電話窓口です。
一方で、FASTに当てはまる症状がある場合は、#7119に相談するのではなく、119番通報が推奨されます。
脳卒中は時間との勝負です。
相談している間にも脳の障害は進行する可能性があります。
そのため、
- FASTの症状がある → 119番通報
- 緊急性があるか判断に迷う症状 → #7119へ相談
と覚えておくといいかもしれません。
治療後のリハビリも回復には欠かせません
脳卒中は、適切な急性期治療だけで終わる病気ではありません。
麻痺や歩行障害、バランス能力の低下、手の使いにくさ、言葉の障害などが残ることもあり、その後の生活を支えるためにはリハビリテーションが重要です。
日本脳卒中学会のガイドラインでも、患者さんの状態に応じてできるだけ早期からリハビリテーションを開始することが推奨されています。
また、退院後も必要に応じて外来リハビリや訪問リハビリ、自費リハビリなどを活用しながら継続して身体機能の改善に取り組むことが、日常生活の質(QOL)の向上につながります。
「もう回復しない」と諦めるのではなく、専門職と相談しながら、自分に合ったリハビリを続けることが大切です。
まとめ
脳卒中は、誰にでも突然起こる可能性がある病気です。
しかし、FASTを知っていれば、脳卒中のサインに早く気付き、適切な対応につなげられる可能性があります。
もう一度、FASTを確認しましょう。
- F:Face(顔) … 顔がゆがんでいないか
- A:Arm(腕) … 片方の腕に力が入るか
- S:Speech(言葉) … ろれつが回るか、会話がおかしくないか
- T:Time(時間) … 症状があれば迷わず119番通報
「少し様子を見よう」という判断が、取り返しのつかない後遺症につながることもあります。
もし、ご家族や周囲の方にFASTの症状がみられたら、ためらわず119番へ連絡してください。
そして、脳卒中からの回復には、急性期治療だけでなく、その後の適切なリハビリテーションも重要です。
大切なご自身やご家族の命と生活を守るためにも、ぜひ今日からFASTを覚えておいてください。
参考文献
Xinjie Chen, et al. “A Systematic Review and Meta-Analysis Comparing FAST and BEFAST in Acute Stroke Patients”, Frontiers in Neurology (2022).

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